세켄무네잔요에 나타난 인물상 고찰-닛폰에이타이구라와 비교를 통해서-
- 주제(키워드) 세켄무네잔요의 인물상 고찰
- 발행기관 고려대학교 교육대학원
- 지도교수 최관
- 발행년도 2009
- 학위수여년월 2009. 8
- 학위명 석사
- 학과 교육대학원 일어교육전공
- 원문페이지 89 p
- 실제URI http://www.dcollection.net/handler/korea/000000009418
- 본문언어 한국어
- 제출원본 000045551593
초록/요약
日文抄錄 『世間胸算用』は 西鶴の晩年のもので, 彼の代表作であり, 日本近世文学の最高の傑作の一つである。この作品には従来の作品と異なり、金銭に疎外されて生活していかざるを得ない中ㆍ下層階級の町人の大晦日を乗り越えるための様々な姿が書かれている。この作品を同じ町人物である『日本永代蔵』と比較して作品に書かれている人物像について考察してみた。 この作品の特徴は、「大晦日は一日千金」という副題を持っているように、二十の短編は、すべて当時の経済生活における最終の収支決算日である大晦日の事件として描かれている。最終の収支決算日である大晦日は、町人の貧しさを極端に表す効果がある。それで,『世間胸算用』の「大晦日」は重要な役割をしている。「大晦日」には主題、提題, 方法, 背景など様々見解が示されている。『世間胸算用』の もう一つの特徴は 無名性と集団描写である。作品に登場する人物の殆んどは無名性と集団描写である。主人公がいない集団描写はこの作品の独創的な方法である。商業資本主義社会において、無資本の滑稽な生涯を余儀なくされる町人大衆の運命を個々人の運命として把握するのは抵抗を感じたからである。中ㆍ下層 町人が公有する運命という強い認識が大衆の無名性と繋がっていると思う。 また、登場人物を武士と町人に分けてそれぞれの人物が作品にどうやって描かれているかを調べてみた。武士の恥、名誉、体裁というのは現実で生き残るためには無用のものである。一方、西鶴は 町人も町人道があって義理と人情を重視しながら目指している世界があるし、資本主義社会で身分と見掛けなどを捨てて一日も油断しないように強調しているのだ。 この作品に登場する人物を父子関係、母子関係、夫婦関係などに区別して このような人物がどんな人間の心理を表しているのかを分析してみた。これらの人物は自分が生き残るために家族に対して自分の欲望、エゴイズム、虚栄、英雄主義などを露骨に表現している。 家族関係のなかで登場人物が金銭に対する感覚がどのように現れているのかを『日本永代蔵』の人物と比較ㆍ分析してみた。 一つ、家族関係のなかでは金銭に執着しすぎてエゴイズムを表す人物が多い。 二つ、金銭に対する自分の欲望と英雄主義を堂々と表している。 三つ、商業資本主義でお金が重要されているが、その反面、家族の恋も非常に大 事なことだと書かれている。 このような資料で『世間胸算用』の人物像を三つでまとめてみると、まず、自分の欲望と夢を叶えるために非倫理的な行動をする人。つぎは現実を認識しなくて虚栄で世の中を生きていく人。最後は自分の行動を反省して金銭を通じて教訓を与える人物である。 『世間胸算用』と『日本永代蔵』は 町人社会の経済生活という金銭の問題をもとにした作品で、西鶴は 金銭が優先する現代社会において中ㆍ下層町人に興味と関心を持ち,それを書いた。中ㆍ下層町人が貧しいけれど自らが置かれた場で逞しく、いかに生きているか、いかに生きなければならないか中ㆍ下層町人の実態と その運命を考えようとしているのだ。 町人社会で 金銭は何よりも大切であるが 絶対に忘れてはならないのが人間の心である。人間の心と道理などを悟ってお互いに愛するのが新しい社会に求める価値観である。西鶴はこのようなことを中ㆍ下層 町人を通じて伝えようとしていたと思う。
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